おもむろに立ちあがり、
「ないものは払えないよ! ばっきゃろーっ、ろー、ろー……(残響の自己演出)」
うきゃーっ、と両手をふりあげ、ここにはいない屋敷の貸し主に当たり散らす。威厳も
へったくれもなく、わたしは悪くなーい、と根本的な解決にはなんら役に立たないセリフ
を吐く。肩を怒らせ、はーっはーっと呼吸を荒くする。
「ふふ、ずいぶん気がたってますね、所長?」
そこに、ささくれた天使の心情をなだめる声が、投げかけられた。反射的にステファが
顔を向けると、居間の入口に、楚々とした盲目の麗人が盆を手にして立っている。ランク
レー探偵事務所の所員にして懐刀、アルテである。
「なによー、アルテ。この、落ちぶれたわたしを笑いにきたのー?」
「そんなわけありません。この命尽きるまで、わたしは所長の味方ですよ。ふふふっ」
じと目のステファの恨み言(やつ当たり率120%)にアルテはさらりと切り返す。
人並み外れて整った美貌をボンッと赤くして、ステファは言葉に詰まった。アルテは盆
にのせた湯気の立つコーヒーカップをステファに示し、「一息つきませんか?」と提案す
る。それは魔法の言葉だった。ステファは素直に、すとんとソファーに座り直す。
アルテはテーブルの傍らまで歩み、芳ばしい香りの漂うカップを盆から移した。
「ねー、アルテ。ミルク、多めに入れてくれた? わたし――」
「はい、カフェオレにしておきました。胃にやさしいのがよいと思いましたから」
「むむむ、気がきくねー。さすが、アルテ」
いえ、と謙遜するアルテを横目にステファはテーブルからカップをとりあげる。
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