『あなた。遺産、遺産って、ずいぶん騒いでたでしょ?』
「まあ、げほっ、それは……。がほっ」
『当時で180万の代物よ、今ならもっと価値はあがってるわ。売りはらえば――』
「ねえ、君」
ケーニスは、咳を堪えるように顔をしかめ、ロザリーに一歩進み出た。
「君は、どうして僕らをここへ連れてきたんだい?」
『――知ってほしかったから』
急とも思える問いに、ロザリーは戸惑うことなく簡潔に答えた。あらかじめ、その台詞
をいうつもりだったように。
『あの噴水に置かれたわたしの姿だけじゃ、わからないでしょう? わたしは、ここへ運
ばれたとき、もうほとんど息絶えていたけれど、ほんのかすかに意識があったの。だから、
わたしが本当の意味でハミルと別れたのは、ここ』
「この……、ワイン倉……」
ケーニスは、想像もつかない絶望の淵を覗きこむ表情で、地下室内を見回した。
当事者でない者が理解を示そうなどと思ってはいけない、それだけを理解して。
『そう。こんな狭くて薄暗くて、美しくもなんともない場所』
「……そっ、か……」
『わたしとハミルの物語は、ロマンチックな悲恋のお話なんかじゃ全然なかった。ほんの
些細なつまづきで、簡単にすれ違って、そのあげくほんの弾みで起きてしまった、情けな
い事件なの』
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