現在、この屋敷に『伝説のパン』があることを知る者――。
当然のごとく、まずはじめに浮かぶのはパンの制作者にしてラスティの母であるシアリ
ィ=ファースンだ。けれど、それは同じくらい当然のごとく、『そんな一介のパン屋の店主
が、自分を震えさせるほどの手練れであるわけはない』という結論にも行きつく。
……ならば、他にこの事実を知る者がいるということか?
アルテは、仕込み杖の柄を握る手が強ばっているのを自覚する。急いたほうが負ける、
という理性に反して、本能が攻撃衝動に猛りくるっていた。それが、恐怖にも似た感情か
らくるものであることも、アルテは悟る。
「……も、もう一度だけ聞きますわ。あなたは、どこの、誰です……っ?」
脅すように声を低め、問いただした。
けれど、言葉が上ずってしまい、――余裕がないことを悟られた! と思う。〃覆面の
者〃の気配が、ふと、ゆらりと揺らいだ。
覆面の奥で、笑ったのだ。
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